伊豆プチツー 彼のオートバイ彼の愚痴

注意 大林宣彦監督の例のあの映画の語りの声で読んでください。

youtu.be

 

スズキのオートバイにまたがって、ぼくは、にぎりめしを食べていた。

平日の夕方前の道の駅だから、利用者はまばらだ。

かたむいたオートバイのシートに腰をのせ、黒いブーツをはいた左足を地面につき、右足は、ステップに軽く置いていた。

人気のない道の駅の寒々しい空気が、心の隙間を吹きぬけた。
遠くに、たぶん伊豆七島。

夏のさかり前の、うすら寒い伊豆。

 

曇天の下でスズキにまたがり、伊豆の曇天雲を見ながらのとても遅い昼食だ。

西湘バイパスのサービスエリアで買っておいたにぎりめし自体は、まったくおいしくもなんともなかった。しかも、状況はうすら寒い。

 

これで面白いことがあればと、ぜいたくなことを思ったとき、うしろに足音がした。
手に持っていたにぎりめしの残りを口に押しこみ、ぼくは、ふりかえった。
掃除のおばさんだった。

ふりかえったとたんに、視線が合ってしまった。とてもはにかんだような表情で、おばさんは、微笑してみせた。
ぼくは、微笑をかえせない。両方の頬がにぎりめしで大きくふくらんでいる。米と干し海老と揚げ玉のなかにベロがとられてしまって、ウンともスンとも言えはしないひとつうなずいたぼくは、必死になって、口の中のにぎりめしを噛んだ。

彼女は、ぼくのほうに、歩いてきた。すんなりした体つきに、軽い足どりだった。ほどよい白髪の髪に、化粧っ気のない、小麦色の顔。

おさえた色の、会社で支給された化繊の作業服に、白いゴム長靴。どこにでもありそうなかたちをしたホウキを右手に持ち、片手には、これもまたどこにでもある、チリトリを持っていた。

先程、ぼくがとおってきたサービスエリアの売店が、彼女のような疲れたおばさんたちで、いっぱいだった。
「おほ」
よお、とぼくは言おうとしたのだ。だが、口の中には、まだかなりのにぎりめしがあったので、こうなってしまった。
ぼくのすぐそばで、おばさんは、立ちどまった。そして顎を一度だけ、くんとあげて、ぼくの「おほ」のひと言に、こたえてくれた。
はにかむ表情が、かわいい。風に、おばさんの髪が、軽くなびいた。

目を細めて、彼女は、駐車場の出口のほうを見た。
「もうすぐ駐車場をしめますよ」
きれいな声だ。張りがあって、軽くて。明るい笑顔と、なぜだか丸くかたく筋肉の張った太腿を連想させる声だ。

 

「わかった。雨が降る前に、退散だ」

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〈大林宣彦監督 退場〉

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本当は朝早く起きて、久里浜からフェリーに乗って金谷。

そこで黄金の鯵を食べてから、のんびりと千葉を走る予定だったんだ。

でも起きるのが遅かった・・・その上、起きがけに彼女に用事を頼まれ、そいつを片付けて、仕事の野暮用を済ませていたら昼過ぎに。もうどこでもいい。とにかくせっかくの休日だから、どこかを走りたかった。そこで何の計画も立てず、伊豆の方に走り始めた・・・

 

寝坊した黒猫が悪いんだけどさ、野暮用ってのにはうんざり

 

スズキさんバージョンのライダース着て、フルフェイスのヘルメット被って、ワインディングロードを駆け抜けられたんで、とりあえずは満足だけどね。

やっぱり風でバタバタしないウェア、風切り音のしないヘルメットで走るといいね。

正味7時間ずっとバイクの上にいられたんで、それだけで気分はスッキリさ。

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片岡義男の小説みたいにはいかないけど(笑)

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掃除のおばちゃんじゃなくて、小説みたいな女の子と出会ってたらね。

〈大林宣彦監督 再登場〉

 

「これから、どうするの?」
「下田」
「ううん」
 彼女は、首を振った。
「今日、いま、これから」
「風をさがして、昼寝」
「風を?」
「うん」

 風のとおる道を、ぼくは、さがした。

 

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