鎌倉買い食いツアー 「なみへい」のたい焼き〜(村上春樹風)
またあの茹だる空気が重くのしかかる島に来週旅立つ。
やれやれ。黒猫は頭をふった。その前に日本で片付けないといけないあれやこれや。それは本当に必要かどうかもわからない瑣末な用件ではあるけど、それらを全て片付けないといけなかった。
まったく、鎌倉という町を移動する道具として、モーターサイクルは便利だ。
仮に黒猫がちょっとした用事を済ませるために車を運転したとしよう。あらゆる交通の要所が、まるで硬く閉じられたフロリダ州のアパラチコーラでとれた牡蠣みたいにビクリとも動かない。それは平日の昼であってもだ。そんな車たちを尻目に、町を駆け巡れるんだ。不便なわけが無い。
まるで悪戯っぽく舌を出す少女のように、キャッシュディスペンサーから通帳が吐き出され、ようやく全てのどうでもいい用事が片付いた。モーターサイクルを走らせ家に戻る黒猫に、胃腸ーーそのひとつひとつの内壁の細胞ーーが、朝からなにも食べていないと買い食いを促してきた。
「黒猫は買い食いをしないといけないんだ」
「買い食いをしないといけない」
鎌倉での買い食いの王道と言えば「たい焼きなみへい」だ(ただし、買い食いに興味がない人にそのことを言うと、それは違うとみんなが口を揃えるだろう。黒猫だけがそう考えていたのかもしれない)
店が営業をするのに邪魔にならない場所にモーターサイクルを停めると、黒猫は真っ直ぐに歩きながらたい焼きの餡について深く考え始めていた。先週の金曜日の昼に頼んだたい焼きは栗餡だった。その栗餡のチョイスは悪くはなかったはずだ。悪くはなかった。しかし店主にオーダーをした後に店を見渡すと期間限定商品の桜餡たい焼きが売り出されていることにキズキ激しく後悔をした。
たい焼きをオーダーをしようと店を見渡すと、先週貼り出されていた桜餡たい焼きと書かれたポップがどこにも貼られていない事に気がついた。心臓の鼓動が毎分160ビーピーエムに上昇していくのを頭の後ろで感じていた。
「いらっしゃいませ!何にします?」店の主人は先に入っていたオーダーの鯛焼きを愛しそうに焼きながら視線をこちらに向けそう言った。「何にします?」
「これは一つの注文として聞いて欲しいんだけどーー先週まであった桜餡のたい焼きがひとつ欲しいんだ。ひとつ欲しい。」
主人は開け放たれたガラス戸越しに「ちょっとよくわからないな」という表情を見せた。確かにそうだと思う。黒猫だってポップに貼られていない商品をオーダーされたら困ってしまうだろう。
「それはつまりこういうことですか?先週で終わった期間限定の桜餡の鯛焼きが欲しいってことですか?」
「ああ」黒猫は頷いた。「つぶし餡をひとつください」
「完璧な鯛焼きなどといったものは存在しないわ。完璧な買い食いが存在しないようにね」付き合い始めたばかりの頃、彼女が黒猫に向かってそう言った。黒猫がその本当の意味を理解できたのは、青年期を終えダイエットが必要になってからのことだ。
こんな書き方をいつまでもしていると、誰もこのブログを読んでくれなくなる。引き際のタイミングを間違えるとろくなことにならないと、黒猫はうすうす気がつき始めていた。